9月に入りました。
昼間はまだまだ残暑が厳しいですが、一気に秋めいてまいりました。
8月は、1256名のお客様が当館へお越しくださいました。
暑い中、お越しくださいました皆様方、ありがとうございました。
今年は、庭内のリュウガンが2年ぶりの豊作を迎えています。
リュウガン(竜眼)の大木を下から見上げると、たわわに実ったリュウガンが
今にも落ちてきそうです。
リュウガンは、隔年豊作ではない植物なんだとか。
↓以下は、月窓亭でお育ちになった、第28代種子島家当主、時望氏のご息女、
元子様(現在、村川姓)のリュウガン(竜眼)の思い出をメールで送っていただいたものです。
「中目屋敷(現月窓亭)の竜眼の思い出」
私が育つ頃 竜眼の木は、今のところにはありませんでした。
四半的の後ろの崖の上に大きな竜眼の古木がありました。
幹も太く堂々とした木でした。わたくしたちは、竜眼とはいわず
「竜眼肉」と言っていました。ですから今でも私にとって
「竜眼肉」です。父時望に取ってもらってよくいただいていました。
その木は、古木でしたから節のところには、きくらげが生えていました。
私たちは、それを「みんちゃば」と呼んでいました。
今の木は、いつの頃か種が落ちて大きくなったのでしょう。
村川元子
私が育つ頃 竜眼の木は、今のところにはありませんでした。
四半的の後ろの崖の上に大きな竜眼の古木がありました。
幹も太く堂々とした木でした。わたくしたちは、竜眼とはいわず
「竜眼肉」と言っていました。ですから今でも私にとって
「竜眼肉」です。父時望に取ってもらってよくいただいていました。
その木は、古木でしたから節のところには、きくらげが生えていました。
私たちは、それを「みんちゃば」と呼んでいました。
今の木は、いつの頃か種が落ちて大きくなったのでしょう。
村川元子
松寿院と種子島久道氏(第23代種子島家当主)のご子孫でいらっしゃる
きく子様(96歳)も昔は、「竜眼肉」と呼んでいたそうです。
きく子様(96歳)も昔は、「竜眼肉」と呼んでいたそうです。
今年の鉄砲まつりの月窓亭ブース「ポルトガルテントショップ」の模様、
8月の月窓亭の様子については、次回お伝えいたします。
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